10日(金)、東北被災地支援に出発しました。
県職員の影島さんと、グループリーダーの市野さんに見送られて新富士駅を出発!!
新幹線は内陸を走るので、福島県あたりを通り過ぎるとき、街を見渡しても、がれきなどは見えませんでした。テレビで見たあの津波被害の光景は本当に広がっているのだろうか…?と疑問に思うぐらい、町並みは穏やかに見えました。
新幹線に揺られること約5時間…岩手・新花巻駅に到着しました。
さらにそこから車で一時間。遠野町にある静岡県現地支援調整本部に到着。



ここで、届いていた急須・お茶の葉・お茶羊羹・黒やっこなど、山田町・大槌町どちらにどれだけ持っていくのか、わけて積み込む作業を行いました。





みなさん真剣です!
そして荷物を積み込み車で約2時間。
山田町、大槌町チームにわかれ避難所に向かいました。
途中、支援調整本部から合流し道案内をして下さった県の職員さんが、「次の信号を越えたあたりから津波の被害が見えてきますよ。」
と教えてくれて車の外に注目していたのですが、本当に、テレビで見た通りのがれきが広がり、土地が低いところと高いところで被害の差は歴然でした。
私たちはその光景に言葉を失うばかりでした。

そして、大槌町にあるかみよ稲穂館に向かいました。
避難所の初訪問で緊張しましたが、「こんばんは!」と挨拶すると、避難所のみなさんも「こんばんは~^^」と優しく返して下さいました。
入り口に座っていたおじさんは、私が行き来するたびに、「お姉さん、こんにちは♪」の繰り返しで、自然と笑みがこぼれ、緊張の糸も少しずつ解けていきました。
室内に入り、避難所の一角を借りて呈茶を開始すると、たくさんの方が腰を上げて並んで下さいました。
「わぁ~きれいな色!」
「色が濃いねぇ」
「こんなに濃いのに苦くない!おいしいねぇ~」
「やっぱり静岡のお茶は違うねぇ~」
「静岡から来たの?わざわざ遠いところからありがとねぇ~」
岩手県の方言は、すごく優しい響きで、私の心まで優しい気持ちになりました。
(文章で方言の響きまで伝えきれないのが残念です!)
何回も並んで下さる方、自分のマグカップや湯飲み、ペットボトルを持って並ぶ方、皆さんすごく嬉しそうで私も嬉しくなりました。
なかには、
「間に合ってよかった~!今日はおちゃっこ(岩手県ではお茶のことをおちゃっこというみたいです)の日って書いてあったから、急いできたの~ああ間に合った。盛岡まで行って急いで帰ってきたのよ~」
という方もいらっしゃいました。
避難所の黒板には、何日の何時に何が来る、というものが書かれていて、みなさんそれを楽しみにしているようでした。
私たちがかみよ稲穂館に伺ったのは夕方5時くらいだったので、ちょうど夕飯の準備をする時間だったらしく、エプロンに三角巾をして、「さぁ、夕飯の支度支度~」と、ぞろぞろと調理室に向かうおばあちゃんたちがいました。
その姿を見て、皆、お互いに協力して生活しているんだなぁ、と感じました。
呈茶中、ちょうどタイムリーに静岡茶の放射能についてのニュースがテレビで流れていましたが、皆さんは終始あたたかい笑顔で、室内を出るときは拍手で送り出して下さいました。
調理室の流しをお借りしたのですが、きゅうすを洗うのをおばあちゃんが手伝って下さいました。
「大丈夫です~私がやります~!!」と言ったのですが、
「いいのいいの、遠いとこ来てくれてね、美味しいお茶ごちそうになったから、ありがとねぇ。」
と、きゅうすを洗ってきれいに拭いて下さいました。
「ごみはここに捨ててね~いいからいいから。」
と、どこまでも優しいおばあちゃんなのでした。

荷物を運び外に出て、この日全く写真を撮っていないことに気づいた私は、
玄関まで見送りに出てきてくれたおばあちゃんたちに、
「すみません、一枚写真を撮ってもいいですか?」と聞くと、
「写真!写真だって!写真だよ!」と集まって下さいました。
室内から外の様子を見ていたおじいちゃんは、わざわざ中にいる人を呼んできてくれて、急いで出てきて下さいました。
「おじょうちゃん、真ん中においで!」と肩に置かれた手の温もりを今でも覚えています。



この日、農業経営士会の赤堀さんの気遣いと笑顔、源平さんの手際のいい呈茶や冗談交じりのトークと、県職員の尾崎さんの軽いフットワーク、現地まで案内をして下さった県の職員さんのおかげで、無事に呈茶を終えホテルに戻りました。
緊張でオロオロしてばかりだった私は、明日こそはテキパキ動くぞ!と心に誓ったのでした。明日に続きます。